katonobo’s blog

仮想通貨✖プログラミング

不眠不休な大人たち

ディレクターのKは頭を抱えていた。テレビ局に勤めるKは、上層部から、新番組の企画を依頼されていたが、ライバル局に負けない番組になるような、パンチの効いたアイデアが浮かんでこなかったのだ。
みんな、徹夜が何日も続いた。そんな状態での第一回の企画会議、ある若いサブディレクターが練にねったでろう企画を持って来た。

「この、全力下り坂、というのは?」Kは企画書をざっと目を通した後、聞いた。
企画を考えた若いサブディレクターはおもむろに椅子から立ち上がり、スクリーンの前に行った。
「はい、これは、若い女の子が全力で坂を駆け上がるという某人気番組、全力坂のアンチテーゼです。」
「アンチテーゼ?」こいつは何を言ってるんだ?

全力坂がなぜウケるか、考えたことはありますか?坂とは、実は人生の暗喩です。これからの輝かしい未来が待っている少女が、人生の坂道を駆け上がる、それも後先考えず、全力で。これが視聴者の心を捉えているんです。」サブはこう言ったあと、スクリーンに映像を流した。少女が急な坂を睨みつけ、走る構えをとる。走り出した。様々なアングルからカメラが少女を映す。駆け上がる少女。最後は無言で、弾む息と少女の満足そうな顔がアップになり、映像は終わった。
サブの話は続く。
「素晴らしい企画です、しかし、私は同時にこうも思いました。人生は上り坂だけではない。坂には下りもあるのです。いや、人生に関して言えば人は下り坂の方が道のりとしては長いのかもしれない。こちらの映像をご覧ください」サブは次の映像を映した。
中年のオジサンが、くたびれたスーツを着て、坂の頂上でタバコを吸っている。目は何かを捉えているはずだが、そこにはなんの感情も感じられない。サブが一旦映像を止める。
「彼が主人公です。これから全力で坂を下ります。」
中年が走り出した。いや、これは走っているのか?サイズの合わないズボンがズレ落ちないように、両手でベルトを持ち上げ、体を少し後ろに傾けながら坂を降りていく。すぐにペースが落ちてる、あ、タンを吐いた。何かぶつくさ言っている。坂を降りきった。息はいっちょ前に乱れている。相変わらず目からは輝きが一切感じられない。

「なぁ、君、冗談もほどほどにしてくれないか?これのどこにウケる要素があるんだね。」Kは怒る気にもならなかった。
「ここからです。」
中年が、また、坂の方を向いた。今度は上り坂だ。走り出した。息も絶え絶えだが、懸命に駆け上がる。額に汗が溢れる。足が上がらなくなっている。それでも中年は走るのをやめない。中年が坂を登りきった。彼は、先ほどまでの彼ではない。目には光りが見える。中年は誇らしげだ。
「どうですか、人は何歳からでもまた未来に向かって駆け上がれるんです。」サブが映像を切った。
Kは映像を見てジンときた。中年の懸命に駆け上がる姿に心打たれたのか。そうか、俺はここまで...。Kはメガネを外して、両目を押さえた。
「サブ、大事なことを教えてくれてありがとう。」
Kはサブの肩に手を置いて言った。
「俺もお前もちゃんと寝なきゃダメだってことだな。」
「そうですね、自分でも何言ってるか最後わかんなかったです。」
人はちゃんと寝たほうが良い。