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何故SNSは私たちを疲れさせるのか?

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

SNSって私は大好きなんですが、見ていて疲れますよね。それは何故なんだろうかとふと考えたのでメモがわりに書いておきます。

SNSは繁華街の看板

ツイッターとかは顕著ですが、とにかく広く拡散されること狙いなので、インパクトがあって、ストレートな表現が好まれます。「〜しろ」とか、断言する言葉の方が拡散されやすいです。

こうなると、言葉の裏側の奥深さとかは必要なくなります。とにかく人目につく言葉、インパクトがある言葉、人を不安にさせる言葉、人をあざける言葉などが我々の目につきやすくなります。

これって、新宿歌舞伎町の繁華街に溢れんばかりに乱立するネオンの看板たちを想像させます。「とにかくこれを見てくれ!」と周りよりいかに目立つかを競っているようです。

村上春樹のような小説にある余白

ツイッターと小説って、同じように言葉を扱うコンテンツですが、随分と言葉の性質が違うように思います。

 小説には、文章の裏側を読者に想像させる、余白のようなものがあります。私がこの余白でイメージするのは村上春樹です。

村上春樹は、1920年〜1930代のアメリカの小説家の影響を大きく受けています。代表的な人はF・スコット・フィッツジェラルドです。彼の小説「ザ・グレートギャツビー」は、身分階級の違う男女の恋愛を綴ったアメリカ史に残る最高傑作ですが、村上春樹は自らも「ザ・グレートギャツビー」の翻訳を行なっています。

この1920年〜1930代のアメリカで活躍した小説家たちを「ロストジェネレーション(失われた世代)」と呼んだりします。

詳しい解説はこちらを参考にして見てください。

アメリカの「ロストジェネレーション(失われた世代)」を知るための6冊 | P+D MAGAZINE

この世代の作品に一番影響を与えているのは戦争です。第一次世界大戦の前線で戦った彼らは、思春期に不安定な社会を生きることを余儀なくされたため、価値観が非常に諦観を秘めています。この独特な経験が作品に不思議な余白を与えているのです。

アイスバーグ・セオリー(氷山理論)

さらに作品に余白を与える決定的な要素が、同時代に活躍したアーネスト・ヘミングウェイが提示したと言われる「アイスバーグ・セオリー(氷山理論)」です。

Iceberg theory - Wikipedia

 アイスバーグ・セオリーの日本語の解説がないのでウィキペディアの英語版を載せておきます。

概要はこうです。氷山は、表面に見えている氷はほんの一部のみで、海面の下にはものすごく大きな残りの氷が隠されている。それと同じように、小説は、著者がその作品の全てを把握しているのなら、小説として文字にするのは全体のほんの一部分で良い。隠れた部分が逆に作品に厚みになる。という思想です。

私は、これが小説に存在している余白の正体だと思っています。村上春樹の小説はこの要素を強く感じるのです。

SNSに疲れたら小説を読むと良いかも

私は、SNSも小説も両方共に最高のコンテンツだと思っています。全く評価される運用方法が異なっているのが面白いなと思いました。

でも、もし繁華街の看板の街並みに疲れたら、たまには小説を手にとってゆったりと文章の余白を楽しむのも良いのではないでしょうか。

 

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